シュノンソー城の主であった「ディアーヌ・ド・ポワティエ」のお部屋や、ディアーヌの庭園・護衛兵の間・緑の書斎などをご紹介します - とある台湾観光の旅行記録

シュノンソー城の主であった「ディアーヌ・ド・ポワティエ」のお部屋や、ディアーヌの庭園・護衛兵の間・緑の書斎などをご紹介します

フランスはロワール地方の世界遺産、シュノンソー城の観光に来ています。前回は、写真を撮る上でのベストスポット、カトリーヌの庭園をご紹介しましたけど、今回はそれに引き続きまして、城の中の散策へと進んで行きたいと思います。このお城は見所が多いため、何回かに分けてお届けする予定ですが、今日は城の主、ディアーヌ・ド・ポワティエのお部屋や、ディアーヌの庭園・護衛兵の間・緑の書斎の4つの場所をご紹介したいと思います。

アンリ2世の愛妾となるからには、才能があったのかもしれませんね。

外から見たお城

今回ご紹介するシュノンソー城は通称「貴婦人たちの城」と呼ばれています。歴史上で初めて登場するのは、11世紀の事だそうなんですけど、このお城が有名になるのは、1547年にフランソワ1世から「ディアーヌ・ド・ポワティエ(アンリ2世の愛妾)」がこの城を受け取ってからのこと。これ以降何人もの貴婦人達が、このお城の主となって行く訳です。そのうち何人かは、このブログでもご紹介して行きたいと思います。

ディアーヌの庭園

今回のツアーは1時間ちょっとしかないため、訪れることができなかったのですが、城の正門から南西側を見てみると、ディアーヌ・ド・ポワティエの庭園と呼ばれる庭園があります。なんとその面積は12,000平方メートル。遠くから見るとそこまでの敷地には見えませんけど、さすがこの時代の庭園はスケールが違うと言った所でしょうか。こういった庭園の作成を主導するってことは、才能があったのかもしれませんね。さすが、アンリ2世の愛妾となるだけのことはあるのではないでしょうか。

花

では、城の中へと入って行きたいと思います。入るのに11ユーロもするお城だけあって、至る所に装飾がなされています。こういったお花が飾られているのも特徴の一つですね。さきほど訪れたシャンボール城の方が外からの見た目が豪華なので、ツアーでは人気があるということなんですけど、こちらの方が内装は断然凝っているのではないかと思います。

護衛兵の間

まずは、入り口近くにある護衛兵の間という所にやってきます。この部屋は16世紀に作られたという事なのですが、実際に16世紀に使われていた暖炉や、城での生活が織られているタペストリーなどの展示がありました。この写真は、当時の床面の一部が残っているということだったので、その写真を撮影しています。当時は、床中がこういった装飾だったんですね。

ディアーヌ・ド・ポワティエのお部屋をイメージしているそうです。

ベッド

続いて、護衛兵の間の奥にあるディアーヌ・ド・ポワティエのお部屋にやってきました。この写真は当時を思わせる天蓋ベッドですね。アンリ2世の愛妾のベッドなら、もう少しサイズが大きくても良さそうなんですけど、この時代のベッドは比較的小さいものが多いような気がします。

ディアーヌ・ド・ポワティエは、アンリ2世の愛妾だったのですが、1559年にアンリ2世は槍の試合で命を落とす事になります。その後、未亡人となった元王妃「カトリーヌ・ド・メディシス」が城の実権を握ることになり、ディアーヌ・ド・ポワティエは追い出されてしまうこととなったのです。女の戦いは恐ろしいですね・・・。

HとCの紋章

この紋章はHとCが組み合わされているように見えますが、これは「アンリ2世とカトリーヌ・ド・メディシス」の頭文字を組み合わせているんだそうです。

カトリーヌ・ド・メディシスが国を統治した緑の書斎です。

絵画

夫のアンリ2世の死後、カトリーヌ・ド・メディシスはこの部屋からフランスを統治したんだそうです。この部屋の天井は16世紀に作られた当時のままなんだそうで、部屋に置かれているキャビネットも16世紀のイタリア製のものが用いられています。このように絵画もいくつか飾られています。

タペストリー

このタペストリーは16世紀にブリュッセルで作られたものなんだそうです。ゴシックとルネサンス、両方の様式を取り入れた作品となっています。このタペストリーのテーマは、「新大陸の発見」とのこと。そう思ってみると、アメリカ大陸のイメージに見えなくもないかも!?

この記事を読んだ方は、こちらの記事も合わせて読んでくださっています☆

当サイトのテキスト・画像等すべての転載転用、商用販売を固く禁じます 
Copyright © とある台湾観光の旅行記録 All Rights Reserved.
ブログパーツ