クロリュセ城 - レオナルド・ダ・ヴィンチのアンボワーズの住居は1000万? - とある台湾観光の旅行記録

クロリュセ城 - レオナルド・ダ・ヴィンチのアンボワーズの住居は1000万?

今は、フランスはロワール地方を巡るロワール地方3つの古城めぐりとクロ・リュセ - 日帰り観光ツアーに参加しています。今回は、そのツアーの中の最後の観光地である、クロ・リュセ城を見学することになります。

このクロ・リュセ城は、元々はJTBのロワールのコースには入っていなかった城だったそうなんですが、世界中で映画ダヴィンチ・コードが流行ったときにコースに組み入れられたんだそうです。それもそのはず。このクロ・リュセ城はそのレオナルド・ダ・ヴィンチが最後の3年間を過ごした城だったんですね。彼は元々イタリア人でありますが、時のフランス国王フランソワ1世に招かれてこのクロ・リュセに1516年に居を構えることとなったのです。

本当はスゴく広い敷地のようですね。ツアーだと本当に一部分しか見ません。

クロ・リュセ城地図

入り口の所に、クロ・リュセ城とレオナルド・ダ・ヴィンチパークの地図がありました。レオナルド・ダ・ヴィンチパークとは、クロ・リュセ城に隣接している公園施設の事で、上の地図でいうと一番上にある城のようなもの以外は、全てレオナルド・ダ・ヴィンチパークということになるんだそうです。この公園内には、レオナルド・ダ・ヴィンチの創作や発明品が森の中に展示されており、自然の中を歩きながらその発明品を見て行くという施設のようですね。時間があれば見てみたい所でしたけど、今回のツアーでは当然そのような時間はなく、クロ・リュセ城のみの見学となりました。

レオナルド・ダ・ヴィンチパーク

こちらの自然っぽい方向がレオナルド・ダ・ヴィンチパークです。フランス・ロワール地方の事なので、敷地はかなり広いんでしょうね。公式サイトを見ると、パークまで入れて見学時間は3時間とあるので、かなりの広さの公園なのではないでしょうか?

クロ・リュセ城

で、この場所から回れ右をすると、クロ・リュセ城がドーンと構えています。このお城は、クルーの館とも呼ばれていまして、後にレオナルド・ダ・ヴィンチを呼び寄せることになるフランソワ1世がその幼児期を過ごした場所なんだそうです。建てられたのは1471年の事。今までみたアンボワーズ城やシュノンソー城のような威厳はないですけど、こじんまりとして良い館ではないでしょうか?

レオナルド・ダ・ヴィンチの寝室

では、施設の中に入って行きたいと思います。このお城は最初は要塞として作られたそうなので、2階に上がる階段は非常に狭いものでした。写真を撮っていたんですけど、他のお客さんがドーンと写っていたので、ブログにアップするのは断念したいと思います。

さて、狭い階段を上がってたどり着いたのは、このレオナルド・ダ・ヴィンチの寝室です。ココから見えるフランソワ1世の居城の風景は、レオナルド・ダ・ヴィンチのお気に入りの風景だったんだとか。彼が亡くなったのは1519年のことなので、さすがに実際に使ってい たベッドという訳ではないそうなんですけど、当時をイメージして作られているベッドなんだそうです。

他にも、レオナルド・ダ・ヴィンチの弟子「ベルナルディノ・ルイニ」が描いたとされる、アレクサンドリアの聖カトリーヌの肖像画などがありました。この部屋には、ルネッサンス期に用いられた日常品の数々が一緒に展示されています。

肖像画など

レオナルド・ダ・ヴィンチの寝室の横の部屋は、フランソワ1世の姉であった、マルグリッド・ド・ナヴァルの部屋です。こちらも同じく16世紀の部屋のイメージで再現されています。こちらはその彼女の幼い頃の肖像画なんだそうです。他にこちらにもルネッサンス期の日常品の数々が一緒に展示されています。

小礼拝堂

さて、2階の観光は終わりまして1階に降りて行きたいと思います。1階に降りると、まずシャルル8世の妻であったアンヌ・ド・ブルターニュのために建てられたという礼拝堂があります。後からパンフレットを読むとここの壁に描かれているのは名画だったようですが、狭い場所にたくさん人がいたため、そこまで気が回りませんでした。もし、行く方がいらっしゃれば忘れずにチェックしておきたいですね。

応接間

礼拝堂の横は応接間になります。2階は16世紀をイメージして作られたものでしたけど、こちらは18世紀にクロ・リュセ城がアンボワーズ家に所有されていた時のイメージとなります。この18世紀といえば、フランス革命のあった世紀です。この頃、贅を極めていた貴族達の屋敷は次々と襲われ、調度品も持って行かれてしまった所が多かったようなんですが、ここアンボワーズ家は良い統治をしていたためか、その被害に合う事はありませんでした。そのため、当時の装飾が今でも残っているんだそうです。

大広間

応接間の横は大広間となります。ここでは、実際にレオナルド・ダ・ヴィンチがお客さんをもてなしていたということで、横の応接間と違って、またまた15世紀のイメージで作られています。色々な調度品がある中、なぜかコレだけを写真に撮っていたようですけど、これは箪笥が登場する前に衣類をしまうのに使われていた大箱(16世紀のもの)なんだそうです。箪笥って、もっと昔からありそうなのに、意外に新しいものなんですね。

クロ・リュセ城売買契約

こちらは何かの文書?と思ってしまうような写真ですが、シャルル8世がこのクロ・リュセ城を購入したときの売買契約書が飾ってありました。その値段は3500エキュ金貨なんだそうですけど、私の調べだと日本円に換算すると1000万円くらいなんだそうです。意外に安い館のような気がするんですけど、計算を間違っているのかな!?

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