台北の街が今の場所に作られた理由/MRT工事中に発見された旧台北城の壁石(台北探索館/市政府) - とある台湾観光の旅行記録

台北の街が今の場所に作られた理由/MRT工事中に発見された旧台北城の壁石(台北探索館/市政府)

今回は市政府の近くにある台北探索館の4階の展示「時空と対話のホール」のうち、表題に挙げた台北の場所がなぜ今の場所になったかという話と、旧台北城の門の話の2点を中心にお届けしたいと思います。台北は盆地にある都市ですけど、個人的にはもうちょっと海側にあっても良いのではないか?と思うんですよね。それでもわざわざ内陸に作られたのにはやはり理由があったのでした。

中華系の人には風水は切っても切り離せないものなのね。

淡水河と基隆河

こちらは、台北探索館の4階に展示されていた淡水河と基隆河を中心に描いている絵地図です。右側の太い方の河が淡水河、左側が基隆河になります。ちょっと分かりにくい地図になっていますが、これは日本の常識では北は上となっている所、下が北になっているから分かりにくさを感じるんでしょうね。

台北と風水

さて、本題に入りますが、今の台北の場所は上の地図を見ての通り、後背を山に囲まれています。そして、この辺りは自然資源も食べ物も豊富に取れる所でした。そのため、中国の東南海エリアの中で重要な位置を占めることになったのです。他にももっと古い街があったわけなのに、それらの街が選ばれなかった理由はなんなのでしょう?

それは、既に栄えている街よりもまだ栄えていなかった現台北市の方が碁盤の目の都市をより簡単に作ることが出来たからです。さらに、長く続く艋舺地区と大稲埕地区の争いがさらに激化することを避けるという意味合いもありました。

旧台北市は門に囲まれていた都市だったんだそうです。

日本軍に壊される門

今も西門・北門などの地名が残る台北市。元々は台北城という清の作った城郭を中心に納められていました。その台北城も日清戦争の結果台湾が日本の領土となり、進駐してきた日本軍が「清の面影のある建物だ」ということで、この城は北門、小南門、東門、南門を除いて壊されることになります。

MRT工事の時に発見されました

この台北城の城石の一部は、後にMRTの工事の際に地下から発見されることになりました。この展示されている石は、実際の台北城の城郭に使われていた石なんだそうです。自由に触ることができますので、この台北探索館を訪れる機会があったら、是非触ってみてくださいね。

てきかがいの家

そして、こっちはガラッとかわりまして迪化街のレンガ作りの家になります。この家は、住居・お店・倉庫・仕事場の4つの役割を兼ね備えていたもので、1920年代頃から建てられることになったんだそうです。一軒一軒の家が特徴を持った作りをしており、そういった家が並ぶことで独特の街並みを築き上げています。この街並みは一部は今でも見る事が出来ます

台北探索館の場所と概要

  • 住所:台北市市府路一號(市政府ビル西区 1F-4F)
  • 開館時間:9:00~17:00
  • お休み:月曜日と祝祭日
  • 入場料金:無料
  • 行き方:台北MRT「市政府駅」から歩いて10分くらいです。詳細は上のリンクから地図をご覧ください。

この記事を読んだ方は、こちらの記事も合わせて読んでくださっています☆

当サイトのテキスト・画像等すべての転載転用、商用販売を固く禁じます 
Copyright © とある台湾観光の旅行記録 All Rights Reserved.
ブログパーツ